2012年11月28日水曜日

東京芸大実技模試(デザイン)

先日行われた東京芸大実技模試(デザイン)で採点に関わった講師の酒井です。

今回は外部から150人の参加があり、内部生と合わせると約300人のコンクールに
なりました。入試本番の二次試験(色彩、立体)
でも220人程度ですから本番よりも多い人数です。

これだけ多くの人が競い合う中で自分の力を試すのはとても
貴重な経験になったと思います。

採点はOCHABIの芸大デザイン全講師でおこないました。
講師陣が採点時に最も気を付けた事は
「各講師の好みではなく、今の芸大の採点基準で選ぶ」という事です。

成功した人も失敗した人もこの模試の経験を踏まえ、
3か月後の入試にどのように繋げていくかを考えて前向きにいきましょう。


2日目講評風景





















御茶の水美術学院 受験部 指導部課長 酒井 一 

芸大模試が先週末開催されました!

11月23日(金)~25日(日)の3日間で
東京芸大実技模試(デザイン)が行われました。

300人を超える人が集まりました。
多数の地域から来て頂きありがとうございました。

















そして、東京近郊のほぼ全ての予備校から応募があり、
内部、外部均等に偏りのない模試が開催できました。


 



この結果を踏まえ、これから入直までの対策にご活用ください。

御茶の水美術学院は、冬期講習会、入試直前講習受付中です。

http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/view/L00003/ 

2012年11月20日火曜日

工芸の神事? 大学でも・・(工芸-5)

鞴と書いて何と読みますか? 「ふいご」と読みます。
鞴とは昔の金属の精鉄や加工には欠くことのできない、火をおこすための道具です。そして旧暦の十一月八日には、その鞴を祀って一年の火の安全を祈願して全国的に、鍛冶屋、刀工、鋳物師などが仕事を休んで、「鞴祭り」を行いました。

 
そして、芸大や美大でも工芸科の中で特に火を扱う専攻(特に金属)では、同じように11月8日の日に「鞴祭り」を行います。 
火床には鞴やお神酒をはじめ、鯛や昆布・白米・ミカンなどをしきたり通りに置いて、神主と神子(みこ)さんに扮した学生が、祝詞(のりと)を読み上げ、榊を献上します。
その後ろにはその専攻の教授陣や学生が整列して行う、たいへん厳粛な神事です。
Google画像検索「鞴」http://goo.gl/826ey

そして、その厳粛な行事のあとは雰囲気を一変し、宴となり教授と学生がごちそうをいただき和気あいあいに交流、時には演芸も飛び出して工芸科としては一年で一番の大きな和やかな楽しい行事です。

工芸の世界ではいろいろ不思議なことやおもしろい事が多いですね。
下の写真は先日行われた多摩美術大学工芸学科の鞴祭でのお供えです。














受験部総合主任・工芸科主任 藤田政利 http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/view/G00002/

2012年11月14日水曜日

OCHABI講師展

11月8(木)~11月21日(水)
現在OCHABIでは学院講師による作品展示会が開催されています。
日頃から指導に携っている先生方の作品を生で鑑賞できるチャンスです。

展示会場入口正面には完成度の高い日本画が静寂の中にもキレのある表情を見せ、


左右に開かれた展示会場を入ると、
異なった素材で作られた彫刻・工芸の立体作品。


 












そして壁面には迫力のあるポスターを初め、油絵、アクリル画、インスタレーションと様々な分野の個性豊かな作品が待ち構えています。
是非、この機会にご高覧下さい。




 
 




















ギャラリートークのお知らせ
作者自身から制作意図やプロセスのお話、観覧者とのフリートークなどを行います。
日時;11月17日(土)12:30~14:00
場所;展示開場内
※どなたでも自由に参加いただけます。

日本画の絵の具について(日本画科-2)

受験の着彩は透明水彩絵具を使用しますが、
日本画の絵具屋さんへ行くと、ビンの中にきれいな色の岩絵具がいっぱい並んでいます。

キラキラ光沢のある粒子が特徴です。同じ色でも細かい物は白っぽく、粗い物は色が濃くなります。10段階程の番号が付いていて、粒子の粗密によっても色が変化するのを利用して絵を描いてゆきます。

土質顔料に黄土、垈赭(たいしゃ)があり、白い胡粉はカキの貝殻から作られており、天然石の群青(藍銅鉱・ラピスラズリ)、緑青(孔雀石)は、焼くことによって黒っぽい色を出すことが出来るし、赤色の朱、辰砂は硫化水銀より出来ているので銀と混ざると黒変(硫化銀)します。えんじ色は、メキシコ産のサボテンにつくコチニールという虫をつぶして綿にしみ込ませた物で、水に溶かして使用する物で、赤い色が鮮やかだ。
顔料を棒状にかためた棒絵具もあり、皿に水をつけ、すりつけて色を出す物や、鉄鉢皿に顔料を入れた物もあり、水彩と同じに水をつけて使用します。















日本画科主任 川畑毅 http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/view/F00046/

2012年11月8日木曜日

受験時代(彫刻ー6)その1

ちょうど「昭和」が終わって、「平成」に年号が変わった1989年の始め、
名古屋在住の高校2年生だった僕は、将来の進路を考えねばならない時期を迎えていた。
そこで、好きな美術で大学に入れるならそこを目指そうかなと、
半ば刹那的な気持ちで美大に進むことを決めた。 

暗黙の内に敷かれたレールの上で、極めて受動的に美大をチョイスしたことで、
今に通じる根無し草のような生き方が決定してしまったのかと思うと、
自分の人生も転がる石の如くどこか他人事のように思えてくる。

その時点ですぐに予備校のような美大受験のための専門機関に通う発想はなく、
かわりに授業が終わった後、美術部員でもないのに美術室で一人黙々とデッサンをしていた。

何枚か描いていたが、覚えているのはセネカという石膏像を描いていたときだ。
当時は、鉛筆を寝かせてうっすらと調子をつけていくようにして描いていた。

そこへ、美術のS先生がおもむろに近づいてきて、こう言った。
「この次は線を使って描いてみようか?」

美術室の壁には、予備校が配布している石膏デッサンのポスターが貼ってあった。
それを横目で意識しつつ、バババッと勢いよく描いてみた。
それを見た先生は待ってましたとばかりに、
「こっちの方がいいよ!」と言うので、内心そうかなあと思いつつも、
受験ではこういう描き方が好まれるんだなと、そのとき理解した。

その時のセネカ


































そうこうしている内に学年も1年上がり、5月の連休にさしかかる頃、
僕はようやく重い腰を上げて、先生の勧めで美大受験専門の塾に通うことにした。

名古屋には河合塾という大手予備校が存在するが、S先生が薦めてくれたのはそこではなく、
市内にある個人経営の私塾だった。
その個人というのは先生の予備校時代の恩師で、
今は自宅で受験指導を営んでいるHという人だった。

(〜②へ続く)

彫刻科主任 古池潤也 http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/view/F00003/
 

2012年11月6日火曜日

OCHABI HPがリニュール!!

2012年11月5日OCHABIのホームページがリニューアル
されました!!
スマホでも快適に見れるすぐれものです。

ぜひいじって見てみてください。

http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/

2012年11月5日月曜日

ドイツに行ってきた(彫刻-5)その2

カッセルの次はベルリンに向かった。カッセルはのどかで美しい田舎街だったが、ベルリンは汚かった。
都会はどこもそうだが、東京と大きく違うのは落書きが豪快なことと、
ビール瓶の栓や瓶の割れた破片が足下に散乱していることだ。落書きは別名グラフィティと呼ばれ、
当然日本にも存在するが、ここ本場と比べるといかにもみみっちい。有名なのはベルリンの壁の落書きだろう。



歩道橋の手すりもこの通り



散乱する瓶の栓や瓶の欠片

 
これが一番のお気に入り。猥雑なパワーに圧倒される


















ベルリンの壁




木にも容赦ない。

 


























ベルリンでは、弟の知り合いの住む旧東ドイツの団地住宅に寝泊まりした。
団地の一角には小さなレストランがあり、そこで晩飯を食いながら、店員や客の姿を眺めていると、
どこにでも人々の生活が日本と同じようにあるんだなとしみじみと思った。

その翌日には、弟の知り合いのドイツ在住の日本人の一団に偶然出くわした。
異国の地でエネルギッシュに活動する彼らの姿から、生きるためにその地に同化する
動物の習性のようなものを感じた。

その後、そもそもの旅行の目的であるハンブルグでの展示の搬入作業と初日のオープニングを終え、
帰りの空港のあるフランクフルトへ。フランクフルトでは、マイン川のほとりにあるシュテーデル美術館に立ち寄った。

常設は、中世、近代、現代の3つの時代に区分されていて、各時代の名品で展示が構成されていた。
こうして美術作品を年代順に追って見ると、現代は糸の切れた風船が、ただただ広い
エンプティーな空間に拡散していくかのような、そんな時代だと感じた。


ドイツの女流作家、ケーテ・コルヴィッツの彫刻作品

。フランクフルトのシュテーデル美術館にて。




フランクフルト国際空港にて


























日本の空港に降り立ったとたん、ムワッとした湿った空気を肌で感じた。そして電車に乗って車内を見渡すと、広告や人々の服装にいたる何もかもがこまごまとしたものに見えた。だが、そんな異邦人のような感覚もすぐに薄れ、気がつけば勝手知る住み慣れた世界に戻ってきて、心底ホッとする自分がいた。

彫刻科主任 古池潤也 http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/view/F00003/

2012年11月3日土曜日

ドイツに行ってきた(彫刻-5)その1

今年の初夏に、ドイツに行ってきた。父と弟同伴で約一週間、フランクフルト、カッセル、ベルリン、ハンブルグと、
短期間のうちに各地をまわった。

カッセルでは、ドクメンタという大規模なアートのグループ展が開催されていたので、
それを観に行った。街は多くの人でにぎわっていた。

そこで何よりも印象的だったのは、ドイツと日本とのアートに対する人々の接し方の違いだ。
子供から老人まで幅広い層の老若男女が、リラックスした雰囲気の中で、
関心を持ってアートに接している姿は日本ではあまりお目にかかれない。
そこでは、言い方は変だが、ちゃんとした需要と供給の、健全な関係が成り立っていると感じた。

作品は巨大なものが多かった。絵画や彫刻といったオーソドックスなジャンルでも、見せ方にひと工夫あった。

日本ではちょうど御茶美祭の製作期間だったから、それを思い浮かべて、ドイツでの展示と比較してみると、
日本人はものづくりの傾向が強いんだなと思った。あと、やはり教育によるものは大きいと感じた。
学校での美術の時間、大学での専攻別に分かれる仕組みの影響もあるだろう。

また、日本では左脳よりも右脳的な反応で作品の善し悪しを判断する傾向にあることも、改めて感じた。
美術とは情緒的なものだとする先入観。これは僕の私見だが、日本では観る側が育ってないと感じる。
そういう意味で、日本のアートはアートとは似て非なるものなのかもしれない。


カッセルの街


















老若男女の集まるゆったりとした展示風景












突如現れた巨大な空間

ドイツの彫刻家、シュテファン・バルケンホールの作品。


その2へ続く・・・

彫刻科主任 古池潤也http://www.ochabi.ac.jp/gakuin/view/F00003/